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2015年6月29日 (月)

2015上半期読書感想文

パーフェクト・ハンター 下 (トム・ウッド=著/熊谷千寿=訳)


ギャングスター 上・下(ロレンゾ・カルカテラ=著/田口俊樹=訳)

グリーン・マイル 1.2.3.4.5.6(スティーブン・キング=箸/白石朗=訳)

悪童日記 (アゴタ・クリストフ=著/堀茂樹=訳)

死神の精度ACCURACY OF DEATH) 伊坂幸太郎=著


このキスを忘れない (シャノン・マッケナ=著/幡美紀子=訳)


ゴーン・ガール 上・下(ギリアン・フリン=著/中谷友紀子=訳)


米露開戦 1.2.3.4 (トム・クランシー/マーク・グリーニー=著/田村源二=訳)

ベンジャミン・バトン(フィッツジェラルド=箸/永山篤一=訳)

禅の言葉(マルク・ドゥ・スメト=箸/中沢新一=訳)

タオの言葉(マルク・ドゥ・スメト=箸/荒俣宏=訳)

司法取引 上・下(ジョン・グリシャム=著/白石朗=訳)

スリーピング・ドール 上 (ジェフリー・ディーバー=著/池田真紀子=訳)

いや~、改めて読書は楽しい!

何だか年々本を読むことの比重が大きくなってる気が!??

っていうか、最近映画が昔より面白く感じないんですよね。

前は映画も結構好きだったんだけど、何か2時間集中して見るのが面倒くさいというか。

何だろう???

映画はイメージの幅という意味で本には絶対勝てないことがわかってた上でそれでも映画ならではの良さみたいな部分が少なからずあったように思うんだけど、

やはり年齢と共に多くの人間が絡めば絡む程それぞれの思惑が入り交じって作品としての純度が落ちるということがわかってきて、

ストーリー至上主義の僕としてはそれに耐えられなくなってきてるということなのかな?

だって、映画に携わる人達(プロデューサー、配給会社、俳優、女優、そしてもちろんミュージシャンも!)の思惑って、所詮金とか地位とか名誉とかそんなもんでしょ?

例えどんなに面白いストーリーがあったとしても、それとは関係のない人達の見え透いたエゴがそこかしこに感じられたら、それは興醒めせざるを得ないってなもんですよ…。

それでも昔はそういった点を逆手に取ってなかなか面白い表現をしているなと感じる作品も結構あったと思うんだけどな。

最近は誰も僕にバレないように上手く隠してくれないし or 工夫して巧妙に潔く見せてくれないし、

ホント映画がつまらなくなったな…。

まぁ、もちろんそこまでたくさんの作品をチェックしてる訳ではないので一概に言い切れない部分はありますが、

ただ一つ間違いない事としては、僕の感受性はどんどん鈍くなってきてるということ。

ホント歳取ったな…。

そんなこんなを踏まえて、今回読んだ中ですごい興味深かったのは『グリーンマイル』と『ギャングスター』ですかね。

グリーンマイルは15~16年前に映画館に見に行って、何かファンタジー感のチャチさがすごい残念で特に面白かったという印象がなかったんだけど、さすがは奇才『スティーブン・キング』だけあって原作はメチャメチャ面白かったんだなって!

あと『ギャングスター』は読んでる途中に『たぶん何年か前にDVDで映画を見たんじゃないか?』という気がすごいしてきたけど、その確信も持てないほど内容を全く覚えてなくてその後も小説をそのまま楽しめたという(笑)。

映画と本。

例え同じストーリーでも表現する人間や方法や変わればこんなにも印象が変わるもんなんですね。

映画は具体化せざるを得ない媒体であることにより、わかり易さを追求するという意味に於いてとても足し算的な表現方法であるのに対し、

本はあくまでも言葉と行間のみで、あとは読者のイメージに委ねるという、どちらかと言えば引き算的な表現方法。

本と映画の比重が大きく本に傾いてきたということは、実際的な視覚や聴覚への刺激よりも自らの内に涌き上がるイメージの方にプライオリティーを置けるようになってきたということで、僕もようやく『考える動物』として少しは成長してきたってことかな?

ただ一点気をつけなければいけないのは、あまりにも自分の中でイメージを作り上げ過ぎると、今度はそれを人と共有することが難しくなるということ!

まぁ、既にだいぶそうなってる感もあるので、、、

今後どうなっていくのかやや不安な40歳目前のおっちゃん…。

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